The party in the high castle

遥かなる高みに聳える、アタラクシアの砦を目指して

『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』感想

水野和夫著『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』集英社新書 2017年

 

掲題の書籍を昨日、読みました。フロンティアを開拓して成長することを前提としている資本主義は、開拓すべき空間を失った以上、もはや維持できない。民主主義国民国家は国民感の平等=福祉を要求するが、それは経済成長を前提としているため、ゼロ成長時代では構造的に、国民国家体制と資本主義は決別せざるを得ないというわけですね。故に新しい体制(閉じた帝国)に移行する準備をすべし、という内容。その新体制のヒントとして、帝国としてのEUが挙げられている。

 トランプさんが大統領になってからというもの、この手の本の勢いが増しているように思えますね。もともと、例えばイアン・ブレマーの『「Gゼロ」後の世界」』(日本経済新聞出版社社 2012年)も、アメリカの覇権衰退により(国際政治学的には、ベトナム戦争後時点でアメリカの覇権は終了しているらしいが)自由市場・資本主義・リベラル民主主義の普遍性が失われて、ナショナリズムや地域主義が跋扈する、てなことが書かれていたわけですね。ただオバマさんとかを見ていると、やはり訴求力があったし、世界のリーダーとして振る舞おうとはしていたから、Gゼロと言ってもどこか腹落ち感が無かったのが、トランプ大統領になって一気に現実感が増してきた。この本も、そういう流れに後押しされてか、思い切って「海の帝国」(=オランダ、イギリス、アメリカという世界システムにおける歴代の覇権たち)の時代は終わり、「陸の時代」(=EU、ロシア、中国)だ、とまで言い切っている。

 「拡大」「開拓」「成長」と言った資本主義のお題目はもう無理ゲーなので、小さく、ゆったりまったりまとまろう、という筋書きは、一見分かりやすいが実現性はどうなんでしょう。一定規模の人口(=消費市場と生産能力)、潤沢な天然資源(食糧・原料・エネルギー)があれば、成長はしないが飢え死にもしない自給自足の閉じた経済圏ができるかもしれない。ある程度の生産能力を持つ人口という意味では、欧州もアメリカも、もしかしたら日本や中国も問題ないかもしれない。では資源は?いわゆる進んだ生産・購買力を持つ経済の中で、エネルギー自給に近い状態なのは北米と一部の北欧だけ。欧州は再エネの積極推進でロシアに依存しないエネルギー構造を目指しているが、ドイツを見ても、その行方はまだ予断を許さない。中国や日本は言うまでもない資源貧国だ。その北米でさえ、Energy Profit Ratio(単位エネルギーを分子として、その生産に要したエネルギーを分母にした時の値)を見れば、シェールオイルが低EPRであることから、アメリカも安心できないといみじくも指摘している。

 結局、経済の基盤たるエネルギーの制約(エネルギーの崖:EPRがどんどん減少し、いずれ文明維持が不可能になるという警告)に皆ぶつかるのでは、というのが私の印象です。それはつまり、何らかの要因で人口が大幅に減少しないのであれば、世界に遍在する高密度エネルギーを巡る闘争が待っているということに他ならない。現代における最高密度=最高品質のエネルギーはすなわち中東の石油であることに変わりはなく、中国の「一帯一路」も中東〜カスピ海と中国を海陸双方から結ぶ円環ネットワークであることは非常に合理的に思える。

 「閉じた帝国」の時代は、決してまったりしたものではなく、「持てるもの」「持たざるもの」に別れた厳しい時代になるのではないでしょうか。。そこで価値を持つ「イノベーション」は、電脳世界のプログラムではなく、食糧の増産、燃料の合成といった、「クラシック」な「生存の技術」になるでしょう。マッドマックスみたいな世界観ですね。(あるいはクリストファーノーランの「インターステラー」もそんな世界観が最初に描かれていました)

 (数年前に比べ低迷を続ける)原油価格を見ているだけでは思い至らない世界を想起させてくれる、刺激的な本でした。