The party in the high castle

遥かなる高みに聳える、アタラクシアの砦を目指して

『現代日本の地政学 13のリスクと地経学の時代』日本再建イニシアティブ 中公新書

いわゆる日本の政治学エスタブリッシュメント(なのかはわからないが)が、真剣に地経学の話を議論している。そして我らがパラグ・カンナの本も引用されるなど、最近のマイブームを凝縮してくれたような本。当然面白い。

 地経学の重要性とかは自分は結構わかってるつもりなので、そこは割愛し、中山俊宏先生の言葉を抽出してみたい。

 曰く、「日米同盟の『向こう側』を語る現実的な言葉を日本自身は持っていない。〜左右両極に『向こう側』を語る言葉があるにはある。だが、そこにあるのは、自らの政治的立場を説明しようとする、いわば『自分探し』の言葉であって、安全保障政策の言葉ではない。むしろファンタジーに近い。他方、外務省・防衛省を中心とする『同盟のマネージャー』たちは、逆説的にいえば、同盟の向こう側を語ることは不毛だから止めようと同意したグループだ。」

 蓋し箴言だろう。軍事リアリズムに立てば、今の日本にアメリカ以外の選択肢があるとは思えない。それ以外の選択肢は、独立(含む核武装)、中国影響圏への加入、ミドル国との連携(豪州など)しかない。どう考えても現状がマシである。そういうことだ。だから核武装とか「アジア共同体」などという夢うつつを抜かすのではなく、辛酸をなめつつも、米国をつなぎとめる。そういう矜持とか覚悟が外務・防衛の人たちにはあるということだ。自分の近しい人々も多くこの世界にいるから、よくわかる。

 しかし、そういった人たちがいることを、必須のこととして受け止めた上で、あえて僕は「ファンタジー」を追いたいというのがある。「シン・ゴジラ」で描かれた、自然災害と並び我々のコントロール外にある強大な存在、そのアメリカを如何ともし難いという状況は、そうはいっても屈折的・あるいは屈辱的だ。地経学の時代にあって、日本の戦略的脆弱性を補い、あるいは戦略優位に立てしめる武器は何か、そんなクエストがあっても良いではないか。

 真山仁売国』の冒頭には、その武器は「宇宙開発」だとする戦後の黒幕と若き通商官僚のやり取りがある。フィクサー曰く、「日本が世界から必要とされる、日本なしには世界が立ち行かなくなることが、中小国が生き残る唯一の道だ」。宇宙開発がそうだとは必ずしも思えないところはあるが、世界の社会・経済システムの根幹を担い、しかもその市場を寡占する、そういった地経学的文脈での戦略産業育成が急がれる。これこそ、「ファンタジー」の先にある未来だろう。

 外務・防衛官僚がリアリストなら、経産官僚にはこうした理想主義者がいるような印象がある。だが「官僚たちの夏」はすでに過ぎ去り、「産業政策」の限界はもはや明らかだ。産業の担い手たる企業経営者こそ、こうした気概を持つべきだろう。地経学の時代、自由主義・民主主義国における真の愛国者は、産業界にこそ必要なのだ。