The party in the high castle

遥かなる高みに聳える、アタラクシアの砦を目指して

モーゲンソーの国力

国力については色々な分析があるが、モーゲンソーの分類が包括的(その文量が多いが)だと思っている。

 地理・天然資源・工業力・軍備・人口・国民性・国民士気・外交の質・政府の質の9つが国力の要素という。

 ちょっとまとまりがないので、勝手に分類すると、

⑴「国土の質」=世界地図における立地、天然資源の有無。

⑵「国民」=人口と国民性・国民士気をまとめて。

⑶「技術力」=工業力と軍備生産力。

⑷「政府の質」=内政と外交、軍隊の運営能力。

てな感じにできないだろうか。

 1〜3はいわば材料、カードゲームにおけるデッキにようなもので、それをどう使うかは、基本的には政府に託されている。いくら強力なプレイヤーでもデッキがショボすぎたらやはり勝てないが、デッキが素晴らしくてもプレイヤーが無能だとこれまた勝てない。両者は車の両輪関係にある。

 「国家のために何ができるか」という話であれば、「デッキを充実させる」か、「ゲームの腕をあげる」どちらかに貢献するという道筋が見えることになる。後者は基本的に政府の役割なので、官僚になるか政治家を目指すといった、古き良き東大生の王道ルートということになってくる。

 官僚になるような人たちはやはり優秀で、入省してすぐ欧米の超一流校に留学し、輝かしいキャリアを歩み始める。官僚を世間知らずとか批判する人は多いが、日本の官僚レベルは低いどころか、かなり高いといってよいのではないだろうか。(最初はともかく、その後は、まあ、わからんけど)

 にもかかわらず、日本は相変わらず微妙な感じで停滞している。僕の仮説は、「デッキを充実させる」方面への取り組みが足りないからではないかということだ。外交や安保なら、この前書いたように、現実主義に徹して日米同盟を維持するのが最優先で、この分野でデッキを強化する(=軍備拡大)は許されない、だから仕方ない面もあろう。

 一方で資源や工業分野は、やれることは多いはずだ。日本領海内の海洋開発にしたって、政府はやってはいるが、いまいち腰が入っていないように思える。そうこうしているうちに、中国にイニシアティブを取られる可能性はかなり高い。海洋分野で、中国はかなり戦略的に動いている。石油ガス産業と造船産業が一体となり、文字通り官民連携(元々分かれていないが)で競争力を日々増強しているのだ。原子力も同様だ。戦略エネルギー源としての原子力産業は、今の調子では日本勢はほぼ敗北路線だろう。その穴を埋めるのは、中国でありロシア、あるいは韓国である。資源や軍事力といった国力に影響する(=戦略的重要性を持つ)産業における、政財官三位一体の取り組みが急務だろう。

 と、ここまで書くとそこらへんの新聞や雑誌記事のような結論になってしまう。こういう言説は多いし、陳腐だ。問題は、こういう意識が政治・役所の世界でしか共有されないことだ。

 ここにおなじみの地経学が出てくる。国力のうち、「デッキ」の強弱は多くが民間部門に依存しており、そのロジックは「国力」「国益」とは無関係である。だから、国益視点で政治家や官僚がいくら「企業は海洋産業に進出しよう」「原子力はやはり重要だ」などといっても、経営者からすれば雑音、よくて「理想論」に留まってしまう。結局、個々の企業が世界市場で勝利する、この前提を築けない限り、国力は伸びない。

 そうすると、これは官僚たちの行政論や政策論を超えた、経営論になってくる。真に国益に貢献するのは、経産官僚ではなく、むしろマッキンゼーコンサルタントかもしれない、ということだ。とにかく、「国士的企業家」が求められている。明治時代、あるいは戦後初期の日本には、そうした企業家が多く存在したはずだ。