サウジアラビア:庇護者はアメリカから中国へ

 経済戦後レジームはドルと石油に彩られた。ドルの中心はアメリカだが、石油の中心は中東、とりわけサウジアラビアであった。サウジのガワール油田は日量500万バレルを吐き出すが、これは地球全体の生産量の5%強を占めるという尋常ならざる規模である。サウジ全体で見れば、約10%のシェアを誇る。サウジの安定は世界経済の安定を構成し、それはアメリカの繁栄の基盤をなすものだった。故に、米軍は常に中東を意識し、シーレーンを防衛してきた。

 サウジアラビアがその歴史上最大級の転換点にあることは明らかである。その理由はよく指摘されるように、短期的には低迷を続ける原油価格のせいである。シェール革命による需給バランスの乱れと言われるが、アメリカのシェールオイル産出量が500万バレル強ということを考えると、そこまで決定的な要因とも思えない。むしろ、2010年代前半の資源バブルが明らかに行き過ぎていた、そしてそこにあぐらをかいて肥満体質を築いてしまったことが、今のサウジの苦痛の根本原因だろう。資源バブルは中国の爆食と言われるが、要は中国経済の成長性が過大評価されたと言って良いのではないか。無限に成長する中国は、石油も無限に飲み込むだろう、だから今のうちに買っておく、こんな心理が金融市場を席巻し、ファンダメンタルズとは無関係な価格高騰が引き起こされた。

 現在の状況で、「適正原油価格」すなわち純粋ファンダメンタルズの視点で、需要ぴったりの供給を確保する採算ラインは、1バレル当たり60ドル程度ではなかろうか。これは全くの肌感覚ではあるが、シェールも深海も技術革新と最適化がここ数年で急激に進んでおり、5年前では80〜90ドル程度だったのがここまで下がった、という認識を僕は持っている。つまり、一昔前のバレル140ドルなどというのはまさに乱痴気騒ぎも良いといころ、と言った価格だったわけだ。実態と無関係に、「期待」にしたがって価値が暴騰する、これは資本主義の本質的な営みであり、原油暴落は、リーマンショックと並んで、その「無限成長神話」に終わりを告げるものと言えるだろう。いわば、リーマンショックと逆オイルショックによって、「ドルと石油」という戦後レジーム、成長神話は終わりを遂げたと思えてくる。

 蜃気楼が消え去った後で、砂漠のかの王国はもがいている。レンティア国家にとって原油価格の低迷とシェア逸失は死刑宣告と等しい。ビジョン2030では美しい将来像が描かれているが、石油のない灼熱地獄にあるものといえば、イスラムの聖地だけだ。切り札とされたアラムコIPOにも暗雲が立ち込めているというではないか。

https://www.ft.com/content/42b521c0-b028-11e7-beba-5521c713abf4

ビジョン2030を描いたのはマッキンゼーというのは有名な話だし、海外市場での上場に際してはJPモルガン始め、アメリカの金融・ビジネスエスタブリッシュメントががっつり絡んでいた。その海外IPOが遅れている一方、株の取得相手として中国が急浮上しているとFTは報じている。これはいかにも象徴的ではないか。また、今年前半には以下のようなニュースも出た。

www.bloomberg.co.jp

 戦後経済レジーム、あるいはパクス=アメリカーナが終わりを告げ、閉じた帝国、すなわちEU-アフリカ圏、中華=ユーラシア圏、アメリカ圏の三大帝国を中心に秩序が再構築されるにあたり、サウジを始め中東は中国の影響下に入る。アメリカ大陸はほぼ確実にエネルギーの需給を達成できるし、電気自動車の推進と豊富な再エネ、石炭、そして地中海アフリカの天然ガスに支えられたEUは、中東の石油を以前ほど必要としない。中東の存在意義が輝くのは、中華帝国においてである。中東は一帯一路で中国に両手で抱え込まれる構図になるだろう。アメリカが描いたサウジの未来が現実感を失う一方、中国が描く中東像は現実的で生々しい。中華帝国の石油蔵としての立場になれば、かつての輝かしい王国像ではなくなるかもしれない。ただし、ISのようなゴーストに蝕まれ、破綻国家に堕すよりはよっぽどましではないか。

 アメリカの庇護のもとオープンマーケットを信奉したサウジも、中華帝国の一員となれば、市場との関わり方を変えるかもしれない。日本は未だに中東に石油を異常なほど依存するが、これはやはり問題だ。すぐにできることではないが、石油需要を減らすべく電気自動車を推進すると同時に、調達先をアメリカ大陸に分散すべきだろう。特に南米は、エクソンによるガイアナの巨大油田発見に象徴されるように、まだまだポテンシャルがある。もちろん、権益を取れば良いのではなく、生産量の増強に貢献するような背策を打つべきだ。(その結果として投資→権益取得、ということであれば問題はない)。

 いずれにせよ、サウジと中国の関係は注視したい。