戦略資源と安全保障

 戦争の問題(安全保障)を考える際には、いろいろなレイヤーの話がごちゃ混ぜになって混乱することがある。いわゆるミスコミュニケーションによる事故の話なのか、戦略策定のミスなのか、はたまた構造的に「詰む」ことによるほとんど不可避的な破局なのか。単純明快な切り分けは不可能としても、一定の分析枠組みを持つことは可能かと思い、以下のフレームワークを考えた。

  1. 戦略資源(Vital Goods)の分布
  2. 戦略資源の取引
  3. 危機管理

の三層に分かれると思う。

 

【1. 戦略資源の分布】

Vital Goods("VG")とは国家生存に関わる必須資源のことであり、Food, Water, Energy, Shelter ("FEWS")の分野から構成される。なおShelterは国防・軍事を指す。VGはさらに二つの要素に分解される。Vital Resource("VR")とVital Technology("VT")である。

  • VG = VR + VT

VRは物理的資源そのものであって、食料であれば豊かな土壌や漁業資源、エネルギーなら石油ガスの埋蔵量などを指す。国防におけるVRは、土地・人・軍事物資の三要素からなり、他国の軍事戦略上の要衝に位置するような小国であっても、その「土地」の特殊性故にShelter VRを持つことになる。

  • Shelter VR = land + people + military goods

VTはいわゆる「技術」であるが、狭義の科学技術よりも広い意味合い、すなわち手法やノウハウまで含む。石油開発に係る技術を考えると、使用される特殊鋼材や回転機の製造技術(いわゆる「狭義のテクノロジー」)ももちろん重要だが、全体のプロジェクトマネジメントといったソフトな管理技術も同様に重要になる(広義のテクノロジー)。ざっくり言って、VTは産業力とでも言えると考えている。

  • Technology= underlying technology + management technology

VRは自然制約であるから、それ自体をどうこうすることは難しい。強いて言えば、漁業管理問題のように、既存資源の使用方法について合理的な規制体系を作ることによって持続性を高めると言った具合だろうか。それも重要だが、個人的にはVTをいかに獲得育成していくか、が、国家安全保障の中核に位置づけられるべき最高レイヤーの課題だと思われる。

 

VTの担い手は、端的に言って企業である。軍や水産庁など、専門分野のTechnologyを持つ政府機関もあるが、それはむしろ例外だと思う。社会主義計画経済であれば、国家が特定産業を指定して集中投資し企業活動を手取り足取り管理するだろうが、それがイノベーションを阻害し、結果うまくいかないことは歴史が証明したのであって、多かれ少なかれ、市場の自律性に任せてこうしたVTが育まれるのである。政府の役割は「コーディネーター」あるいは「プラットフォーマー」であり、各企業同士のネットワーク作りや、自由市場原理では絶対に採用されない長期テーマに補助金をつけると言った「パトロン」としての振る舞いが求められるだろう。

 

米国は言わずと知れた超大国であるが、その強さが溢れんばかりのVGに由来することに気づく。豊かな国土に由来する数多のVRは脇に置いてVTにしぼっても、軍事(航空宇宙、サイバー)産業の力強さは圧倒的であり、そこにおける大学、研究機関、企業、政府(ペンタゴンDARPA)の有機的ネットワークが、絶え間ないイノベーションと国際市場における競争力を支えているのではないか。人工知能やロケットは今や軍事技術の最重要分野だが、GoogleやSpace Xこそが文字通り米国の安全保障を高めているのである。またエネルギーメジャーを多く抱え、世界中のエネルギー供給は多かれ少なかれ米国企業のtechnologyに依存しているのである。政府と企業の関係性は国柄や置かれた経済状況により異なるだろうが、「選手としての企業」「スポンサーとしての政府」の関係は原則として万国共通ではないだろうか。

 

【2. 戦略資源の取引】

VGが手札とすれば、それを用いたカードゲームのプレイが次の話題である。VGつまり戦略資源は換言すれば交渉資源でもあり、自らが持つ手札をどう使って、不足分を補うかを考えるのも重要だ。一部の大国を除き、VGを全部自給自足できる国はほぼ存在しない。ここで重要なのは、VGはVGとしか交換できないということだ。日本の漫画が素晴らしいから日本人のために命賭けて戦ってください、とか、石油を分けてくださいと言っても無駄なのである。Vital Goodsは同じようにVitalなものとしか取引できない。

サウジアラビアは豊富な原油というVGを持つが、軍事資源や軍事技術といったVGはない。だから米国と取引をして、石油供給を約束する代わりに軍事力を分けてもらう。このように、自分の国家が生存に最低限必要なVGを一通り揃えるように知恵を絞り外国と交渉する、これが外交安保戦略ということになろう。石油ガス資源というVRと最先端の軍事技術というVTを用いて諸外国との関係を構築し、安全保障を実現しているのがロシアだ。自分が持っているカードを見極めて賢く使わねば、宝の持ち腐れとなり、その最悪の帰結は、必要なVG確保に失敗し窮鼠猫を嚙むがごとき武力行使ということにもなり兼ねない。

なお言うまでもないが、この「取引」の実行主体は政府のみである。政府が戦略を議論し、取引を実行する。ただし戦略策定には国内政治、特に世論も関係してくる。繁栄と平和のためにはナショナリズムを抑えて西洋に迎合するのが合理的も、当該国の国内政治においてそれが常に正解とは限らない。宗教保守層やナショナリストを支持基盤に持つ政権なら、それらを、無視することは政治的自殺になるだろう。政治指導者には、国内政治と国際政治双方を睨む戦略眼が必要だろう。

 

【3. 危機管理】

戦争の政治的経済的軍事的コストがそれなりに大きいことを前提してもなお戦争が起こるのは、囚人のジレンマやコミットメント問題によって説明される。つまり直接対話がなければ信用しようがないからジレンマに陥る、しかし仮に対話できても、相手を100%信頼できる確証がないから結局ジレンマから抜けられないということだ。そうはいっても、相手国との定期的な連絡(官民軍各レベルで)や首脳間ホットライン、相手国を徹底的に研究する真摯なインテリジェンスなどを通じて、これらの問題を緩和することはできるだろう。

またいざ有事の際、戦場の霧のごときカオスの中で冷静沈着な判断を積み重ねるリーダーがいるか否かによって、危機を克服できるかどうかが決まる部分もある。戦略資源分布や取引を合理的に行っても、危機管理が杜撰であれば戦争に至る可能性は拭えない。

 

以上3つのレベルで分析したが、自分が一番興味を持っているのはTier1の戦略資源分布である。というのも、日本はこのVGをほとんど保有していないように見え、構造的に詰むのではと思われるからだ。(逆にTier1に問題がなければ、戦争はほとんど起きないと思われる)

資源の少ない島国ということでVRに恵まれないのは仕方ない。ところが、一般に技術立国と言われてきた我が国の「技術」とは、全然Vitalな分野ではない。つまり「戦略」的じゃないと思われる。自動車や家電技術は平時において生活を豊かにする役には立つが、有事において国家国民の生存には直結しない。戦略分野というのはやはりFEWSの分野なのであって、どうにかこの分野のtechnologyを獲得、即ちこの分野で国際競争力ある産業を育成しないことには、その頼みの同盟すら維持できないと危惧する。(日本が日米同盟の対価として提供してきたvalueとは、米国軍事戦略上の要衝たる日本列島を基地として差し出すことであり、いわば土地というVRを交渉カードにしてきた面がある。ただしこれは米国軍事戦略のあり方に依存するため、「閉じる米国」という流れの中で無効化していく可能性がある)

米国の存在が遠のく中でインド太平洋諸国との連携が重要になるとはよく言ったものだが、そうした島嶼国とて、日本側につく義理はないのである。中国に巻かれてしまう方がかえって安全かもしれないという時に、日本が自陣営に引き込むには、やはりVGを交渉のテコにする必要があろう。そうした交渉カードがあまりに不足すれば、結局孤軍奮闘のほかないのであり、我が国がそうした状況に置かれた際にどうなるか、歴史を知っているだけに想像したくはない。VGをどうにか獲得していくことが、我が国の、そして東アジアの、ひいては世界の平和の前提となるだろう。