「海の資源」とGeopolitical Stability

 私の考える地政学とは:

  1. 国家は生存財(食糧医療・エネルギー・水・国防防災の各種資源と、それらを利用可能ならしめるテクノロジー)の安定確保を巡って競争する。
  2. 生存財の絶対量不足や思想価値観の相克等により競争度合いは激化しうる。この状況では、生存財は生存財としか交換できない。
  3. 生存財の入手が極めて困難になった国家は、野垂れ死ぬよりは窮鼠猫を嚙む如き武力行使により生存財の確保を試みる。これが戦争を招く。

といった仮説から構成されるが、今回は「海の資源」を切り拓くことが、なぜ地政学的安定に繋がるのかを検討したい。

 言うまでもなく人類は陸地に生息しており、生存財も専ら陸地で生産されている。生存財のうち偏在性・希少性が高いものの代表は原油である。その産出の3割以上が中東地域であり、1割がロシア、2割弱がアメリカ合衆国であり、その他は各地に散らばっているが原油価格の"lower for longer"が続くようでは非中東地域の産油力は次第に削がれ、世界の石油供給の対中東依存率が益々高まるであろう。それが意味することとは、各国が、石油という生存財の供給を求めて中東を巡る競争ゲームを繰り広げると言うことを意味する。中東に対するレバレッジ(例えば軍事力の供与、先端医療の提供、水や食糧技術の提供、等)を効かせうる国は原油アクセスを保つであろうが、それができない国はどうなるか・・・一つの地域に生存財供給を依存することは、それ自体が武力闘争の蓋然性を高めていると言えるだろう。

 「海」はフロンティアである。それは古代より人類史の主たる舞台ではあったが、いずれも「交通路」としての性格であった。大量輸送を可能にする、「浮力」こそがこの背後にはあったといえよう。一方、現代の海は単なる輸送路に止まらない。それは石油やガス、風力エネルギー、食糧資源といった生存財を供給する場所ー輸送路ではなく、生産地ーである。つまり海の資源の開発は、必然的に生存財の供給構造を多様化し、各国の生存財獲得競争に柔軟性やレジリエンスを与える。中東にレバレッジの効かない国も、自国で資源が自給できれば問題は消える。あるいは、中東はダメでも南米にレバレッジが効くなら、そちらから入手できるかもしれない。必須財の産地多様化はまさしく「グローバル・セキュリティ」とも言えるだろう。

 もちろんミクロに見れば事情は異なるかもしれない。南シナ海や東地中海で生じている地政学的緊張、これはむしろ資源の存在によって加速されているようにすら見える。資源がなければそんな闘争も表面化しなかったかもしれない、と。とはいえこれはフェアな見方ではない。仮に一時的に緊張が増幅されようとも、長期で見れば供給源の多様化は必ず地政学的安定に寄与することになるはずである。資源の共同開発という政治的合意は保守層の支持を得にくく多くの政治的資源を消費することにはなろうが、その果実は計り知れず大きいものだ。

 中南米、西アフリカ、東アフリカ、東地中海、北西オーストラリア、南シナ海は石油ガスのポテンシャルが高い。北海や北東アメリカ、日本海・太平洋は風力資源に恵まれている。あるいは日本沖合にはレアアース(電化時代にあっては希少な戦略軍事物資、「21世紀の石油」になる可能性もあるだろう)も眠るという。これらの経済的採掘可能性についてはなお不確実性が多く、乗り越えるべき課題は山積であろうが、何れにせよ、海はまだまだ未知なる可能性を秘めていることだけは間違いがないだろう。