『歴史を変えた6つの飲物』:これぞ日常の歴史浪漫…

面白い本に出会った。『歴史を変えた6つの飲物』トム・スタンデージ著、楽工社。

 

「歴史×飲物・嗜好品」は、最強の組み合わせである。今日はこの組み合わせがなぜ浪漫をかきたててやまないのか書き連ねたい。

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そもそも本ブログにおける歴史浪漫とは何か。要約すれば、自然と人間の相互関係、地理と人類の格闘と共存の歴史であり、人間の社会経済・政治の躍動の記録。個人的には地理×歴史という部分に重点をおいていて、いわゆる各国史、政治外交史と言ったものとは少し違う。どちらかというとフェルナン・ブローデルウォーラーステイン、マクニールといった、世界システム論などというような、地球規模での相互関係に浪漫の起源を見出している。

 歴史好きの人はすでにお気づきかと思うが、世界システム論において、「世界商品」が極めて重要な概念であることは指摘するまでもなく、世界商品の最たる例が紅茶でありコーヒーだった。もうここまでくれば、嗜好品は躍動感あふれる「世界史」の写しそのものであることが見えてくる。だから、「歴史×嗜好品」系は、我々歴史好きはホイホイと手を伸ばして買ってしまうのであり、出版社から見れば勝利の方程式なのである。

 実際、書店に足を運べばそれは一目瞭然だ。「XXの世界史」がいかに多いことか。ざっと見るだけで、紅茶、コーヒー、チョコレートなど、世界商品のレンズを通して世界史を眺める良著が溢れている。

 だが、日本におけるこれらの系譜の始祖は、川北稔先生の『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)であろう。川北氏といえば、日本における近代世界システム論の先駆け的論者であり、中には、大学受験で世界史を選択した人にはおなじみの世界史資料集『タペストリー』で、本書の紹介がされていたことを思い出す人もいるのではないだろうか。

 そして、世界システム論という考え方自体は、本ブログでも度々言及しているフェルナン・ブローデルを始祖とするアナール学派に行き着く。

 

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この『地中海』(ブローデル藤原書店)に、冒頭で紹介したほんと同様の薫りが漂うのは、決して偶然ではないのである。

 前置きが長くなったが『歴史を変えた6つの飲物』に戻ろう。本書は世界史を6つの時代に分け、それぞれ時代を象徴する飲物と結びつけている。

 最初は古代エジプトメソポタミアであり、「肥沃な三日月地帯」の豊かな穀物生産に支えられたビール時代である。「とりあえずビール」のおビール様は、人類最古のアルコール飲料だったわけだ。

 続いてギリシャ・ローマ時代。地中海といえばワインである。キリスト教の世界観と重なって、中世ヨーロッパにもワイン文化を根付かせた。ただ面白いのは、ワイン生産に適さない北ヨーロッパにはビール文化が残り、これが「ワインのフランス・イタリア」「ビールのドイツ・イギリス」に繋がっているとのこと。

 3つ目は蒸留酒。蒸留技術は当時錬金術の一部ということで、アラビアで体系化された。ローマ崩壊以後、世界の文明の中心はアラビアであったわけだが、そこでのテクノロジーがワインを蒸留する酒、ブランデーを生み出したというのは興味深い。その酒はアクア・ビータ(命の水)と呼ばれ、十字軍・レコンキスタといった征服活動を通じてアラビア文化(その基礎にあるのはアレクサンドロス大王を通じて東遷していたギリシャの文化であるが)伝わる頃には、例えばゲール語で「ウシュク・ベーハー」となり、「ウイスキー」の語源となった。蒸留酒は保存がきくし何より度数が強いので、大航海時代には通貨として用いられるなど大活躍したそうだ。度数をごまかしていないかチェックするために、火薬をまぶして火が付くかどうか試すこともあったという。そういえば、映画「キングスマン・ゴールデンサークル」で、捕まったエグジーとマーリンがチャニング・テータム演じるアメリカ版キングスマン、「ウイスキー」に尋問されるとき、同じことを言っていた。

 要は、ギリシャの学問を継承したアラブ人により生み出された蒸留酒は、ヨーロッパに伝わり、大航海時代を支える形で「新大陸」を含む世界中に拡散したわけである。この時代・地域を超えたinteractionこそが、歴史浪漫の本質だろう。ウイスキーが飲みたくなってきた。

 新大陸といえば、先日ブラジル出張した際に味わったご当地カクテル「カイピリーニャ」はサトウキビから作る蒸留酒カシャーサ」に砂糖をぶち込んだ激甘デンジャラスドリンクであって、サトウキビに蒸留技術を適用してしまうという部分も、地理と歴史のいたずらであろう。南米は、「世界の砂糖庫」だったのだ。

 視点を北に移しアメリカ。20世紀初頭アメリカのウイスキーといえば、「禁酒法」がある。ちょうどいま、HBOのドラマ「ボードウォークエンパイア」を見ているが、これがまさにこの時代。

 脱線を戻して4つ目の時代。これはコーヒーである。「理性と啓蒙の時代」に覚醒をもたらすコーヒーが注目されたのだ。宗教改革、科学革命、啓蒙専制君主の時代である。プロテスタントは、アルコールまみれで堕落した従来の暮らしへのカウンターとしてコーヒーを位置付けた。飲んだくれが集まるバーに代わってコーヒーハウスを。新時代のエリートが集うその場所は、政治・経済・文化の発信地となった。

 5つ目は大英帝国の時代。つまり、茶である。世界帝国として地球上あまねく交易ネットワークを築いたイギリスは、インドや中国から茶を輸入した。南米から集めた砂糖を入れて、イングリッシュ・ティーの出来上がりである。世界経済の王者として、地球の隅々から貢がせた物産を組み合わせ、帝国のシンボルとしてみせた。

 最後はなんとコカ・コーラ。いうまでもなく、イギリスを継いだ世界帝国、アメリカの商品だ。

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左はイスラエルで飲んだコーラ。ヘブライ語。右はパレスチナ自治区で飲んだコーラ。アラビア語アメリカのグローバリゼーションを象徴する飲物であることを雄弁に物語っている。

 

ということで、実はまだ全部読んでいないのだが、面白くて先に書きたくなったので書いてしまった。地理歴史というメガネをかければ、日常の些細なことが面白くなってくる。飲物も、食べ物も、建物も、標識や流行にだって、全て歴史の蓄積がある。

 

次はファッションの歴史でも勉強してみよう。