海とテクノロジーの地政学

「海」「資源」「テクノロジー」の視点で地政学を考えていきます

「海の資源」とGeopolitical Stability

 私の考える地政学とは:

  1. 国家は生存財(食糧医療・エネルギー・水・国防防災の各種資源と、それらを利用可能ならしめるテクノロジー)の安定確保を巡って競争する。
  2. 生存財の絶対量不足や思想価値観の相克等により競争度合いは激化しうる。この状況では、生存財は生存財としか交換できない。
  3. 生存財の入手が極めて困難になった国家は、野垂れ死ぬよりは窮鼠猫を嚙む如き武力行使により生存財の確保を試みる。これが戦争を招く。

といった仮説から構成されるが、今回は「海の資源」を切り拓くことが、なぜ地政学的安定に繋がるのかを検討したい。

 言うまでもなく人類は陸地に生息しており、生存財も専ら陸地で生産されている。生存財のうち偏在性・希少性が高いものの代表は原油である。その産出の3割以上が中東地域であり、1割がロシア、2割弱がアメリカ合衆国であり、その他は各地に散らばっているが原油価格の"lower for longer"が続くようでは非中東地域の産油力は次第に削がれ、世界の石油供給の対中東依存率が益々高まるであろう。それが意味することとは、各国が、石油という生存財の供給を求めて中東を巡る競争ゲームを繰り広げると言うことを意味する。中東に対するレバレッジ(例えば軍事力の供与、先端医療の提供、水や食糧技術の提供、等)を効かせうる国は原油アクセスを保つであろうが、それができない国はどうなるか・・・一つの地域に生存財供給を依存することは、それ自体が武力闘争の蓋然性を高めていると言えるだろう。

 「海」はフロンティアである。それは古代より人類史の主たる舞台ではあったが、いずれも「交通路」としての性格であった。大量輸送を可能にする、「浮力」こそがこの背後にはあったといえよう。一方、現代の海は単なる輸送路に止まらない。それは石油やガス、風力エネルギー、食糧資源といった生存財を供給する場所ー輸送路ではなく、生産地ーである。つまり海の資源の開発は、必然的に生存財の供給構造を多様化し、各国の生存財獲得競争に柔軟性やレジリエンスを与える。中東にレバレッジの効かない国も、自国で資源が自給できれば問題は消える。あるいは、中東はダメでも南米にレバレッジが効くなら、そちらから入手できるかもしれない。必須財の産地多様化はまさしく「グローバル・セキュリティ」とも言えるだろう。

 もちろんミクロに見れば事情は異なるかもしれない。南シナ海や東地中海で生じている地政学的緊張、これはむしろ資源の存在によって加速されているようにすら見える。資源がなければそんな闘争も表面化しなかったかもしれない、と。とはいえこれはフェアな見方ではない。仮に一時的に緊張が増幅されようとも、長期で見れば供給源の多様化は必ず地政学的安定に寄与することになるはずである。資源の共同開発という政治的合意は保守層の支持を得にくく多くの政治的資源を消費することにはなろうが、その果実は計り知れず大きいものだ。

 中南米、西アフリカ、東アフリカ、東地中海、北西オーストラリア、南シナ海は石油ガスのポテンシャルが高い。北海や北東アメリカ、日本海・太平洋は風力資源に恵まれている。あるいは日本沖合にはレアアース(電化時代にあっては希少な戦略軍事物資、「21世紀の石油」になる可能性もあるだろう)も眠るという。これらの経済的採掘可能性についてはなお不確実性が多く、乗り越えるべき課題は山積であろうが、何れにせよ、海はまだまだ未知なる可能性を秘めていることだけは間違いがないだろう。

経済安全保障と油田権益

 経済安全保障というワードが最近ホットである。経済的手段を用いて政治的目的を達成すること(=エコノミック・ステートクラフト)も、この経済安保という概念に包摂されるのかもしれない。私は本ブログにおいてFEWS地政学、即ち国家共同体の存続に必須不可欠な各種財(食糧医療・エネルギー・水・国防防災+これらの生産に関わるテクノロジー)を生存財と呼び、国際関係・地政学の動きはこの生存財を巡る国家間の競争的ゲームであると捉えているが、その中で私は生存財は生存財としか交換できない、という命題を基礎に据えている。経済安保というのは私のこの考え方と極めて親和性が高い。

 ところで経済安保の中の一分野と言えるエネルギー安保に絡めて、「海外油田権益取得」という政策について考えてみたい。実は大昔にも同じテーマで書いているのだけれど、改めて。

 議論の出発点は、主語は日本であり、原油に焦点を当てる。原油需要は堅調で、9割以上を中東に依存している、とする。この状況における正しい原油政策とは何なのか、を考えたい。

 しばしば「日の丸油田」というスローガンが登場する。日本企業が主体となって操業する油田を指すのだが、政府説明を見ても、究極的には日の丸油田を増やすことを目指しているようにも見える。ところで油田開発の構造というのは、オペレーター、Joint Venture Partner(基本的な性格は出資者)、プライム・コントラクター(海洋の場合は掘削、海底仕上げ、プラットフォームと、合計3つか4つくらいいる)、それぞれのコントラクターにつく各種下請け、といったところであろう。これをFEWS地政学のフレームで分析すると、油田それ自体は典型的VR(Vital Resource)であり、所有者は産油国政府である。油田開発に係るテクノロジーは典型的VT( Vital Technology)であるが、これを担っているのはオペレーター、プライムコントラクター、各種下請け、である。異論もあるかもしれないが、私はJV Partnerの役割は資金調達であり、VTを担っているとは考えない。このように、日本企業が何を提供しているのか(資金なのか、VTなのかという論点)が一つあると思う。

 次に、原油の性格について考える必要がある。いわゆる市場でいつでも買えるコモディティなのか、国家政策や地政学の中で取引される戦略物資なのか、という話である。これはデジタルではなくアナログな話だと思うが、一つ言えるのは、原油の性格がコモディティによるほど、VR/VTという括りの意味が薄れ、カネの比重が増すということだろう。つまりコモディティであれば通常の市場取引と何ら変わらないのだから、欲しい時にカネを積んで買えば良いのである。他方、今議論したいのは「エネルギー安保」であるから、そもそも地政学的摩擦が増した世界線の話をしているのだ。(換言すると、原油コモディティであり続ける限りにおいては、エネルギー安保を議論する意味はあまりないのだろう。)故に議論の前提としては、やはり原油の戦略性が一定程度高まった場合、という補助線を引いておく必要があるだろう。地政学的摩擦が増してくれば原油は容易に「武器」になる。政治的恫喝の手段として禁輸されたりもする。その中でいかにアクセスを保っていくかというのは、カネを積めば良いというものではなかろう。つまり原油というVRを得るために、何のカードを切るか、という取引戦略が求められる。

 分析に際しては、産油国を3つのグループに分けてみる。一つ目は敵対的産油国、二つ目は友好的産油国、最後は日和見産油国である。また、政策手段としては「JVパートナーとしての出資」と、「オペレーター/コントラクター/サプライヤーとしてのVT提供」の二通りを考える。原油アクセスを求める国をA、産油国をBと置く。

  1. 敵対的産油国:出資の場合、油田権益を株式という形態で保持することになる。リスクとしてすぐに思いつくのはBによる接収、あるいは禁輸である。権益という法的観念に従って油田現物の取得を主張しようとも、そもそも地政学的対立=法のenforceabilityが担保されない状況における出資というのは、非常に心もとないのではないか(イランやロシアは近いことをやったことがあるだろう)。とはいえ、Bが原油を法外な値段で売りつけようとするようなケースで、A国企業が権益を保持しAに対して適正価格で流通させるならば、一定の意義はあるのかもしれない。一方でVTはどうだろう。当該VTが原油生産に必須であるならば、Bの禁輸の恫喝に対しては、AもVTの提供停止というカウンターを切ることができる。取引をうまく成立させることができれば、原油現物へのアクセスは維持できるかもしれない。
  2. 友好的産油国:Bが友好国であって、かつ原油の絶対量に余裕があるならば、禁輸をする動機など存在し得ない。是に於て問題になるのは原油生産の総量であり、総量増加に資するものは何であれ当該国の原油アクセス向上に貢献する。その点、資金提供でもVT提供でも、どちらでも良いということになろう。但し、総量に不足感が生じて友好国であっても輸出制限等が課された場合は、やはり出資よりもVT提供の方が取引としては強力と思われる。1で議論した通り、Aの出資に対してBは(かなり極論だが)いつでも接収できるのであり、それを思いとどまる動機は友好関係の破綻と将来の出資が引き出せなくなることにある。他方VT引き揚げは、現状の生産自体をも停止させることから、Bに対してはより直接的な打撃となる。もっとも、友好国であると言う前提で議論するならば、接収といった過激な手法が取られる蓋然性は低く、専ら、何らかの理由による生産障害や減耗を理由とした輸出制限、と言う形になるだろう。AのVTがなければ生産ができない、あるいはそれによって生産量の増加が期待できるといった場合は、その見返りとしてAに一定量原油アクセスを許可する、と言う政治的ディールが可能ではないか。
  3. 日和見産油国:BがA側につくか、別の需要勢力たるC側につくか迷っている状態を指す。BとしてはAもCもうまく取り込んで自国の利益を最大化したいところ、出資もVTももらえるものは総取りしたいところであろう。この文脈では、おそらく出資による懐柔を試みるのはAに限らずCも同様であるから、資金提供それ自体がCriticalになるかは微妙である。むしろ、特定の国・地域の企業に集中しているVT提供が分かれ目になるのではないか。VTを提供できる側につくのがBとしては賢明であり、Aの視点に立つと、VTを切り札として原油アクセスを得ることができるだろう。

3つの場合分けで見えたのは、結局のところ「財としての希少性」が重要だということである。出資とVTという二項対立に照らせば、カネよりもVTの希少性が高いと考える。これはある意味当たり前の事実であろう。逆に言えば、カネ不足に苦しむ国に対しては、出資は有効に機能するということでもある。例えば金融制裁を受けている国などが該当する。

 話を戻そう。原油アクセス保障という目標にために必要なのは何か。日本企業がnon-operatorとして出資するのは、投資先が友好国である場合は原油生産の総量を増やすという意味において有効、相手先が日和見・敵対的だったとしても資金不足に喘いでいる場合なども有効、ということになる。VT提供は、相手が友好国だろうが敵対的だろうが有効である。

 とはいえさらにまとめてしまえば、結局、産油国にとって「必須不可欠なものを提供できる唯一or希少な主体たりうるか」=「産油国レバレッジが効くか」この一点に尽きるのであろう。日本が専ら意識するライバルは中国と思われるが、経済規模で追い抜かれている以上もはや出資だけには頼れないだろう。VTを育成していく必要があると思われる。(アメリカのような軍事大国は軍事力提供というカードを切れるが、日本にはそのカードは不可能とは言わずとも難しいので脇に置く。ただし、アメリカに対してレバレッジを効かせて、間接的に産油国と取引することも可能である。この場合エネルギー安全保障はより広範なその他の安全保障と混ざり合ってくる)

 VTでいえば、国内に油田を持たぬ以上、基本は海外の油田市場という完全アウェーな戦いを強いられるのであって、日本企業の原油VT分野への参入は極めて難しいのも事実である。とはいえ原油アクセスは国家の死活的課題であり、諦めてもいられまい。単に日の丸油田を増やしたり、権益シェアの総量を増やすことだけに注目するのでは足りないはずで、勝てる分野の絞り込みと支援が不可欠ではないだろうか。

 とはいえ一番大事なのは、お上の支援云々の前に、そういった市場に出て行って勝ち抜いてやるという民間の企業家精神・ハングリー精神であることは言うまでもない。

 

趣味の整理:「海洋史観」×「キャンプ」×「乗り物」

 「趣味はなんですか」という問いは気軽さを装っていて実はかなりの難物である。というのも、趣味というのはその人の美意識を表し場合によってはアイデンティティをも構成するところ、それについて向き合うことは仕事と同様かあるいはそれ以上に重要であると思われるからである。(どんなに特殊なものであれ)仕事は結局のところ分業作業の歯車であって「個性」は不要だが、趣味、自分の人生はそうはいかぬからである。私はそういうわけで自分の趣味というものを真剣に考察してしまうのだが、これがドツボにはまり、好きでもないことをやろうとしてみたり、好きなのに抑えてしまったりと、堂々巡りを繰り返すのであった。

 自分の興味や美意識を突き詰めたエッセンスを持ち、現実に即して実行可能・持続可能であることが必須であるが、あまりジェネラルにまとめ過ぎると発散しすぎて全て中途半端になってしまう。nature/craft/historyという三要素を5年ほど前から意識してきたが、これは少々概念的・ジェネラル過ぎると思う次第である。もう少し焦点を絞らねば、と考えていたところ、一つの暫定的結論を導き出した。

  • 海洋史観 × キャンプ × 乗り物

である。海洋史観、これはフェルナン・ブローデルが提唱するところの、海のレンズを通して陸を見つめる、海の役割を主軸に人類史を概観する歴史的立場であるが、これを主軸に据えてみたい。趣味に対置されるところの公共的な役割(要は、仕事、場合によってはボランティアとかも含むが)におけるライフテーマを「海とテクノロジー地政学」としてみたので、それに連動する形である。

 海洋史観といっても、何も洋上で起こることだけに注目するものではない。むしろ、陸で起こることを海と紐づけて理解する立場であるという意味で、その視線は海から陸へと注がれている。この視点は、近代世界システム論や、世界商品(コーヒー、茶、酒、石油等々)のグローバル・ヒストリーという理解と極めて親和性が高い。これこそが私の歴史に対する興味の本質である。(歴史好きといっても幅広いので、個性の表現という意味ではこのくらいの限定をかけないと何が好きなのかよくわからないのだ。経験上、相手に歴史好きですと言われて、話が本当に合うかは結構微妙なのである。私は戦国武将や偉人伝には興味が無いし・・)

 キャンプとは何か。ざっくり言えば野宿することである。その面白さの本質は何であろうか・・・私は小学生の頃にキャンプにどはまりして中学以降中断し、社会人になってから再燃したのだが、そのきっかけはエド・スタフォード氏のサバイバル動画であった。生存に最も重要な要素、すなわち食料、火、水、シェルター(これが地政学フレームで用いる「FEWS」の出発点)をいかに効率的に獲得していくか。文明に飼い馴らされた我々から失われてしまったそう言う動物的本能を活性化させる点にキャンプの面白さがあると思う(といっても、私はサバイバルキャンプなどできるスキルはないが・・)。

 乗り物。これはart of engineeringである。どんな乗り物も、進むことに最適化され洗練されたものは美しい。ロードバイクやヨット、自動車、飛行機はどれも美しいのである。男の子は乗り物が好きというステレオタイプがあるが、私には少なくとも当てはまる。しかし美しいものに男女もヘチマもあるまい。自転車好きの女子だって沢山いる。というわけで叶うものなら自転車から車、ヨットに飛行機まで全て所有して乗り回したいものだがそうは問屋が卸さない。今所有しているのはロードバイクだけであり、ヨットは是非乗ってみたいのだが所有するには至らないだろう。帆船模型も作るので、それを眺めるのでも足りる。知り合いにサラリーマンをしながらアマチュアパイロットの免許を持つツワモノがいるが、そこまでする気は今の所ない。。それならヨットをもう少し極めたいものだ。

 以上、海洋史観・キャンプ・乗り物という三要素で趣味を整理してみたが、これらはベン図の如く、全て重なる領域から全く重ならない領域まで様々である。単純計算で7通りのバリエーションがあるだろう。

  1. 海洋史単体:部屋で海洋史に関する読書
  2. キャンプ単体:近所の公園でソロキャンプ。
  3. 乗り物単体:河川敷をサイクリング
  4. 海洋史観×キャンプ:海岸でキャンプ。
  5. 海洋史観×乗り物:セーリングカヤック/海岸沿いのサイクリング。
  6. キャンプ×乗り物:キャンプ道具積んでオートキャンプ
  7. 海洋史観×キャンプ×乗り物:カヤックにキャンプ道具積んで島キャンプ

とまあ、なんかここまで分析的に書くと変な気がするけど、こんな分類になるだろうな。

今の自分に欠けているのはマリンスポーツの要素であるので、早いとこヨットやカヤックを守備範囲に加えたいものである。

Tier1-3再構成(FEWS地政学論補記2)

主体の違いと行動内容を基礎に再分類しようと思う。

 

Tier1: VT保持主体たる企業による国際競争戦略

Tier2: 国家によるVRの管理と、VT育成政策(関税や産業保護政策等)。

Tier3: 国家によるVG (VT/VR)の交換戦略。いわゆる外交交渉。

 

軍事分野で考えると、Tier1は軍事産業の国際動向。軍事専業の会社は多くなくほとんどがdual useの民生分野を主たる領域としている。そういった企業の国際競争戦略の話。

Tier2は、まずVRでいうと、軍隊の維持管理(採用育成)、兵器システムへの投資、基地の整備等がVR管理に該当する。なお軍事テクノロジーを使いこなすintegration力は軍隊自体に宿るところ、一部VT育成とも重複する。加えて、軍事産業をいかに保護発展させるかという産業政策じみた発想もあるだろうから、こちらもVT育成政策ともかぶってくるが、こちらは経済主管庁との協働ということになるだろう。武器輸出といったテーマはTier3にも関連するが、VT育成政策と捉えることもできるだろう。

Tier3は言うまでもないが、自国の軍事アセット(:VG=VR/VT)をどう使って安全保障を達成するか、同盟が必要なら何のVGを提供するのか、といった取引ゲーム戦略である。

 

Tier2-3は完全に国家の地政学論理=FEWSをいかに安定確保するか、という国益ベースで発想されるが、面白いのは、最も肝要なVT(産業力・技術力)は基本的には経済競争の論理で動くということである。いくら国益を叫んでも、赤字が続けば経営は成り立たず技術は失われていく。Tier2による保護政策も適度には必要だが、こちらに頼りすぎてもゾンビ企業が量産されるだけになり兼ねない。世界水準のVTを維持しようと思えば、それは国際市場で勝つことと同義であり、基本的には産業界自身の努力が必要とされると個人的には思うところである。中国のハーウェイは間違いなく国家の支援を受けてはいるが、その経営者のバイタリティーと才気たるや、只者ではないだろう。結局のところ、こうしたハングリー・スピリットに裏打ちされた産業力こそが、国力の本質ではないか。

 

 

VTの4要素(FEWS地政学論補記)

Vital Technology、すなわちFEWS生産に関連する各種テクノロジーであるが、VTももっと深掘りして分析できると思った。

VT = (Transportation + Energy + Communication )× Integration 

といったところだろうか。輸送、エネルギー、通信というのは現代の機械文明における基本要素とも思われるところ、結局現代社会でFEWSを生産するのに必要なテクノロジーというのもこの3要素に収斂すると思われる。これら要素技術を束ねて全体のintegrityを保ち、使いこなすノウハウも勿論重要であり、それはintegrationと呼ぶことにする。

 

例えば軍事力に関するVTであれば、核弾頭は核エネルギー技術、ミサイルはロケットという輸送技術、自律型無人機は航空という輸送技術と通信技術の結晶である。それらテクノロジーを全体として束ね、目標達成に昇華するマネジメントノウハウこそが優れた軍隊のcapabilityであり、それがintegartionである。

 

軍事に限らず、食料、水資源、エネルギーといったFEWS全てに関して上記が当てはまる。深海から石油を掘るにあたっては、船舶工学(輸送技術)に基づく船体型ドリルシップや生産プラットフォームを使用し、海底工事には無人潜水艦(ドローン)という輸送技術及び通信技術が用いられる。洋上におけるエネルギー供給にはガスタービンや、最近では風車といったエネルギー技術が用いられる。これら各種テクノロジーを駆使してエネルギーという成果物を生産するノウハウが、石油会社やエンジニアリング会社のintegration力であり、付加価値の本質である。

 

技術と安全保障の議論の文脈でしばしば登場するdual use=軍民両用と言うのは、上記を踏まえればむしろ当たり前のことである。テクノロジーのコアをなす領域(ここでは、TECの三つ)は全て共通であって、それをどのようにintegrationしていくかによって、成果物(FEWS、あるいは全く別の何か、例えばエンタメなど)が異なると言うだけである。

 

ところで、いわゆる資源国(VR保持国)は、それ自体で交渉力があるのかと言うと、微妙なのかもしれない。資源はそれ自体ではただの無価値な物質であって、そこにVTを加えることで初めて経済的軍事的な価値を持つのである。VTの一切を他国に依存する資源国は、そのVTの成果物たる資源を交渉のカードにすることは難しいだろう。そうしてみたところで(=この資源を提供するから他のVRを下さい、換言すると、そのVRをくれないならこの資源をあげませんよと言う脅し)、VT提供の遮断を示唆されるのがオチであり、仮にそうなれば、頼みの綱である資源それ自体が生産できないのだから。ゆえに、資源国の多くが自国の産業育成、技術発展すなわちVT獲得に躍起になるのは全く正しい政策なのである。然もなくば、植民地時代よろしく搾取されてしまうであろう。

 

現状では食料と水の不足感がそこまで存在しないことから、中期的にはエネルギーと軍事がFEWSの中でも焦点になるだろう。日本においては両分野に係るVTをいかに形成していくか、そして海外市場で勝っていくかと言うことが、安全保障の要になると思われる。サイバー(通信)やドローン(輸送)が次世代の肝であるが、日本が勝ちうる分野はまだあるだろうか。宇宙と海洋という地理的なフロンティアにおけるそれだろうか。広大な海洋領域を抱える島国としては、海洋のVTに個人的には期待をかけている。海は(歴史上一貫して)軍事的競争の主たる舞台であると同時に、次世代のエネルギー産地でもあるからだ。洋上風力や海底鉱物といったVRは一応存在するわけであり、その開発に係るVTを磨いていくことが重要だろう。それはそのまま、軍事のVTにもなるのである(dual use)。Shell Xprizeで、JAMSTEC主導の日本チームが2位の功績を残したのは希望の光であろう。

 

FEWS地政学論

以前、「戦略資源と安全保障」というエントリーでは、安全保障問題を三つのレイヤーで考えた。生存財=必須資源=FEWSの分布と、その取引、そして危機管理である。

 今回は、このフレームに少し変化を加えたいと思う。

  1. Tier1: VG(FEWS+T)分布。これは以前と変わらず。食料、エネルギー、水、シェルター(治安国防防災防疫)と、それらを入手可能ならしめるenablerとしてのTechnology(これは管理技術や広いノウハウも含む広義のそれ)。FEWSをVR: Vital Resourceと呼びTechnologyにもVitalという形容詞を付け、VTとする。FEWS各分野に紐つく形で、例えば食料技術であればF-VTと呼ぶことにする。VRとVTを合わせてVG: Votal Goodsと呼んだ。シェルターはもっぱら軍事資源を意図しているのだれど、昨今のコロナ危機を見て、医療や防疫もこの領域に含めて良いなと感じているところ。このシェルターというのは、建設や資源開発の世界で一般的な HSSE (Health, Safety, Security and Environment)という概念に近いかもしれない。健康や安全を保つための各種資源ということ。VRは自然資源であって地理的制約で分布が決定されるが、VTは人間の知恵やノウハウであるから、こちらは人間の努力次第でどうにでもなる。その担い手はいわゆる当該分野の「プロフェッショナル」(食料であれば、研究者や農業実務家、エネルギーであれば研究者や開発従事者、等々)であり、その職業倫理が導くところの内発的動機、そして経済的利益という実利的動機、さらには以下で見るようなTier2,3の政治的介入により、その分布をダイナミックに変動させることになる。
  2. Tier 2:VG生成戦略。ここが前回と少し違う。国際関係・地政学の本質を各国同士のVG確保を目的とする競争的ゲームと定義するならば、「交換」の前に、自分のカードをいかに生成するかという要素が来るべきと考えたので、この要素を追加した。例えば、潜在的石油資源を抱えるのに国内政治や制度の束縛により開発ができていない国が、内政方針を変更して規制緩和外資導入を図って開発促進をするといった話は、このTier2に該当すると言えよう。あるいは、上述の文脈で、外資解放しすぎると国内に技術(=VT)が残らず国益を損なうから、一定程度のLocal Contentsを義務付けるべし、という政治的議論も、またTier2の範疇である。国内のVG資源をどう生成するか、という視点で国家が市場介入するということであるから、主体は専ら政府であり、その方法は規制と補助金である。これは外交戦略というより経済戦略、技術戦略などと呼ばれる領域であって、対応する省庁も、農務省、エネルギー省、環境保護庁、国防省など、それぞれの専門分野に対応する形で多岐に渡ることになろう。
  3. Tier3: VG交換戦略:前回までTier2にしていた要素が3に来て、危機管理は外した。Tier1,2で定義されたVGの手札を持って、他国の状況を睨みつつ、最適な交換取引戦略を考案実行していく。

 

Tier1の主体は民間のプロフェッショナル(一部、軍人等も含むので全て民間ではないが)であってその動機は多様である(その分野で名を挙げたいとか、人に貢献したいとか、単にお金持ちになりたいとか)一方で、主体が政府となるTier2,3で目指されるのはその共同体のFEWSの確保である。これは生存財であって共同体の必須不可欠な要素だから。例えば国内に食料やエネルギー資源を欠き、自給化がほぼ不可能ということであれば、Tier2において他国とTradableなVGを生成するように努力しつつ、それを材料としてTier3において取引を実行することになる。無資源の技術先進国が獲得しやすいVGは軍事技術(S-VT)であるが、日本やドイツのように、歴史的背景を引きずる国はそれも難しいだろう。だが、何らか見つけていく他ないのだと思う。

 

ところで戦争というのは、このFEWS獲得が思うように行かず、もはや武力による奪取しか術がない状況に追い込まれた共同体が生じることが原因だと思われる。少なくとも近代以降の戦争はそのコストが非常に大きいので、平和的に取り引きで獲得できるものを、あえて戦争で獲得する合理的動機はなさそうであるから、20世紀以降の大きな戦争の背景には、やはり武力に訴えでもしないとFEWS確保に支障が生じうると言う恐怖が生じていたと思われる。VRが地理的制約ゆえにその偏在性を克服できない以上、望みがかかるのはVTの拡散であろう。(もちろん、Tier2,3の懸命な戦略が重要なのは言うまでもない。が、それは畢竟「取り合い」の競争的戦略であるから、VGが決定的に不足する中では、その帰結は弱肉強食の闘争でしかないのも事実であろう)

 

私はエネルギー開発の世界において、E-VTの改善と拡散に一役買いたいと思うところである。これが私の善の指針となっている。

 

戦略資源と安全保障

 戦争の問題(安全保障)を考える際には、いろいろなレイヤーの話がごちゃ混ぜになって混乱することがある。いわゆるミスコミュニケーションによる事故の話なのか、戦略策定のミスなのか、はたまた構造的に「詰む」ことによるほとんど不可避的な破局なのか。単純明快な切り分けは不可能としても、一定の分析枠組みを持つことは可能かと思い、以下のフレームワークを考えた。

  1. 戦略資源(Vital Goods)の分布
  2. 戦略資源の取引
  3. 危機管理

の三層に分かれると思う。

 

【1. 戦略資源の分布】

Vital Goods("VG")とは国家生存に関わる必須資源のことであり、Food, Water, Energy, Shelter ("FEWS")の分野から構成される。なおShelterは国防・軍事を指す。VGはさらに二つの要素に分解される。Vital Resource("VR")とVital Technology("VT")である。

  • VG = VR + VT

VRは物理的資源そのものであって、食料であれば豊かな土壌や漁業資源、エネルギーなら石油ガスの埋蔵量などを指す。国防におけるVRは、土地・人・軍事物資の三要素からなり、他国の軍事戦略上の要衝に位置するような小国であっても、その「土地」の特殊性故にShelter VRを持つことになる。

  • Shelter VR = land + people + military goods

VTはいわゆる「技術」であるが、狭義の科学技術よりも広い意味合い、すなわち手法やノウハウまで含む。石油開発に係る技術を考えると、使用される特殊鋼材や回転機の製造技術(いわゆる「狭義のテクノロジー」)ももちろん重要だが、全体のプロジェクトマネジメントといったソフトな管理技術も同様に重要になる(広義のテクノロジー)。ざっくり言って、VTは産業力とでも言えると考えている。

  • Technology= underlying technology + management technology

VRは自然制約であるから、それ自体をどうこうすることは難しい。強いて言えば、漁業管理問題のように、既存資源の使用方法について合理的な規制体系を作ることによって持続性を高めると言った具合だろうか。それも重要だが、個人的にはVTをいかに獲得育成していくか、が、国家安全保障の中核に位置づけられるべき最高レイヤーの課題だと思われる。

 

VTの担い手は、端的に言って企業である。軍や水産庁など、専門分野のTechnologyを持つ政府機関もあるが、それはむしろ例外だと思う。社会主義計画経済であれば、国家が特定産業を指定して集中投資し企業活動を手取り足取り管理するだろうが、それがイノベーションを阻害し、結果うまくいかないことは歴史が証明したのであって、多かれ少なかれ、市場の自律性に任せてこうしたVTが育まれるのである。政府の役割は「コーディネーター」あるいは「プラットフォーマー」であり、各企業同士のネットワーク作りや、自由市場原理では絶対に採用されない長期テーマに補助金をつけると言った「パトロン」としての振る舞いが求められるだろう。

 

米国は言わずと知れた超大国であるが、その強さが溢れんばかりのVGに由来することに気づく。豊かな国土に由来する数多のVRは脇に置いてVTにしぼっても、軍事(航空宇宙、サイバー)産業の力強さは圧倒的であり、そこにおける大学、研究機関、企業、政府(ペンタゴンDARPA)の有機的ネットワークが、絶え間ないイノベーションと国際市場における競争力を支えているのではないか。人工知能やロケットは今や軍事技術の最重要分野だが、GoogleやSpace Xこそが文字通り米国の安全保障を高めているのである。またエネルギーメジャーを多く抱え、世界中のエネルギー供給は多かれ少なかれ米国企業のtechnologyに依存しているのである。政府と企業の関係性は国柄や置かれた経済状況により異なるだろうが、「選手としての企業」「スポンサーとしての政府」の関係は原則として万国共通ではないだろうか。

 

【2. 戦略資源の取引】

VGが手札とすれば、それを用いたカードゲームのプレイが次の話題である。VGつまり戦略資源は換言すれば交渉資源でもあり、自らが持つ手札をどう使って、不足分を補うかを考えるのも重要だ。一部の大国を除き、VGを全部自給自足できる国はほぼ存在しない。ここで重要なのは、VGはVGとしか交換できないということだ。日本の漫画が素晴らしいから日本人のために命賭けて戦ってください、とか、石油を分けてくださいと言っても無駄なのである。Vital Goodsは同じようにVitalなものとしか取引できない。

サウジアラビアは豊富な原油というVGを持つが、軍事資源や軍事技術といったVGはない。だから米国と取引をして、石油供給を約束する代わりに軍事力を分けてもらう。このように、自分の国家が生存に最低限必要なVGを一通り揃えるように知恵を絞り外国と交渉する、これが外交安保戦略ということになろう。石油ガス資源というVRと最先端の軍事技術というVTを用いて諸外国との関係を構築し、安全保障を実現しているのがロシアだ。自分が持っているカードを見極めて賢く使わねば、宝の持ち腐れとなり、その最悪の帰結は、必要なVG確保に失敗し窮鼠猫を嚙むがごとき武力行使ということにもなり兼ねない。

なお言うまでもないが、この「取引」の実行主体は政府のみである。政府が戦略を議論し、取引を実行する。ただし戦略策定には国内政治、特に世論も関係してくる。繁栄と平和のためにはナショナリズムを抑えて西洋に迎合するのが合理的も、当該国の国内政治においてそれが常に正解とは限らない。宗教保守層やナショナリストを支持基盤に持つ政権なら、それらを、無視することは政治的自殺になるだろう。政治指導者には、国内政治と国際政治双方を睨む戦略眼が必要だろう。

 

【3. 危機管理】

戦争の政治的経済的軍事的コストがそれなりに大きいことを前提してもなお戦争が起こるのは、囚人のジレンマやコミットメント問題によって説明される。つまり直接対話がなければ信用しようがないからジレンマに陥る、しかし仮に対話できても、相手を100%信頼できる確証がないから結局ジレンマから抜けられないということだ。そうはいっても、相手国との定期的な連絡(官民軍各レベルで)や首脳間ホットライン、相手国を徹底的に研究する真摯なインテリジェンスなどを通じて、これらの問題を緩和することはできるだろう。

またいざ有事の際、戦場の霧のごときカオスの中で冷静沈着な判断を積み重ねるリーダーがいるか否かによって、危機を克服できるかどうかが決まる部分もある。戦略資源分布や取引を合理的に行っても、危機管理が杜撰であれば戦争に至る可能性は拭えない。

 

以上3つのレベルで分析したが、自分が一番興味を持っているのはTier1の戦略資源分布である。というのも、日本はこのVGをほとんど保有していないように見え、構造的に詰むのではと思われるからだ。(逆にTier1に問題がなければ、戦争はほとんど起きないと思われる)

資源の少ない島国ということでVRに恵まれないのは仕方ない。ところが、一般に技術立国と言われてきた我が国の「技術」とは、全然Vitalな分野ではない。つまり「戦略」的じゃないと思われる。自動車や家電技術は平時において生活を豊かにする役には立つが、有事において国家国民の生存には直結しない。戦略分野というのはやはりFEWSの分野なのであって、どうにかこの分野のtechnologyを獲得、即ちこの分野で国際競争力ある産業を育成しないことには、その頼みの同盟すら維持できないと危惧する。(日本が日米同盟の対価として提供してきたvalueとは、米国軍事戦略上の要衝たる日本列島を基地として差し出すことであり、いわば土地というVRを交渉カードにしてきた面がある。ただしこれは米国軍事戦略のあり方に依存するため、「閉じる米国」という流れの中で無効化していく可能性がある)

米国の存在が遠のく中でインド太平洋諸国との連携が重要になるとはよく言ったものだが、そうした島嶼国とて、日本側につく義理はないのである。中国に巻かれてしまう方がかえって安全かもしれないという時に、日本が自陣営に引き込むには、やはりVGを交渉のテコにする必要があろう。そうした交渉カードがあまりに不足すれば、結局孤軍奮闘のほかないのであり、我が国がそうした状況に置かれた際にどうなるか、歴史を知っているだけに想像したくはない。VGをどうにか獲得していくことが、我が国の、そして東アジアの、ひいては世界の平和の前提となるだろう。