The party in the high castle

遥かなる高みに聳える、アタラクシアの砦を目指して

シンガポールとイスラエル

 繰り返すようだが、僕はイスラエルに格別興味を持っている。学生時代にみたイスラエルは、僕が考える「国力」や「国家の戦略」といった見方のバックボーンを形成している。社会人になってからは、半年弱シンガポールに滞在する機会があって、植民地支配の残滓を感じながら、南洋の歴史に思いを馳せた。そこでもやはり国力といったことを考えた。(出張のくせに暇人か、というのはなしで。)

 共に国家面積は極めて小さく、資源も乏しい。人口も少なく、周囲にはアグレッシブな大国・ミドル国がひしめく。厳しい環境だ。同時に、両者ともに独特の存在感を国際社会に放ち、安全保障、経済共に高い水準を保っている。

 前回触れたモーゲンソーのフレームに則りながら、それぞれ見ていくとどう評価できるのだろうか。イスラエルは「技術力」が格別高い。今やシリコンバレー顔負けのイノベーションハブとして、意識高い系ビジネス界でもよく耳にするようになった。過酷な自然環境から生み出された「生存の技術」すなわち農業、水といった分野、そして民族の歴史的宿命ゆえの過酷な安保環境により生み出された最高レベルの軍事技術。共に、イアン・ブレマーのいう「保護者」としての立場をもたらす技術を誇っている。農業も、水も、軍事も、どれも世界市場で隠然たる影響力を持つリーディングインダストリーとなっている。「政府の質」もおそらく高いだろう。インテリジェンスは政府の質に重大な影響を与える、あるいはそれ自体、質の構成要素かもしれないが、イスラエルのインテリジェンス能力は世界一というのは有名な話だ。徹底的な情報収集、分析に基づいた冷徹なリアリズム外交は、果たしてかの国の生存に大きく貢献しているだろう。「国土」の制約を、「技術」「政府」で克服しているパターン、といってもよかろう。

 シンガポールはどうか。イメージとしては、高い教育水準と通商、金融立国といったところか。金融立国であることは間違いないし、イスラエルとの違いかもしれない。それをもたらしたのはエリート主義による超効率的政府であることは間違いない。ただ、なぜシンガポールが金融ハブになり得たのか、その前提としての「通商国家」たる地位はどこから来たのか。ヒントは「国土」にあることは明らかだ。「小国」であるのは事実だが、世界地図は大きさだけの問題ではない。マラッカ海峡からシンガポール海峡を抜ける道、「チョークポイント」に位置していること自体が、かの国に圧倒的戦略優位を与えているのだ。事実、その戦略的重要性ゆえに、マレー半島は列強の支配対象となってきた。大英帝国も当然例外ではない。21世紀、米軍がそこに拠点を持つのも、「一帯一路」で中国が接近するのも、全て当然なのだ。

 一昔前なら、「侵略される」という恐怖があっただろうが、さすがに現代で「侵略」はない。(といったところで、クリミアの「侵略」が起きた事実は変えられないが)シンガポールは、アメリカからも中国からも、もちろん日本からも、ただそこに位置しているというだけでも、是非とも自陣営に入れて起きたい戦略パートナーになれるのだ。この意味は大きい。

 よく「日本は資源もないし軍事力も封じられた。だからこそ外交が重要だ。シンガポールのように資源や力がなくともうまく立ち回れるはずだ」という。もちろん外交は必要条件である。ただし、そういう国には日本にない戦略優位がそもそも備わっているという事実は認めねばならない。戦略劣位を無批判に受け入れ、「リアリズム」の名の下で現状追認をするだけでは、「冷笑的リアリズム」の批判を免れないだろう。