The party in the high castle

Energy Return on Investment (EROI)の減少、即ちエネルギー余剰の低減による文明崩壊論を基調モチーフとしつつ、地理、歴史、技術、制度、思想などについて考えます。

学生的思考回路における企業の「すごさ」

 たまたま就活学生と話す機会があった。誰だって「すごい」「かっこいい」企業に行きたいわけだが、「すごさ」とは何なのか。売り上げが大きいと「すごい」のか。数千億円投資している会社は「すごい」のか。思うに、「すごさ」は戦略優位があるかどうかに尽きると思う。食物連鎖の頂点にいるライオンはカッコよくはあるが、「すごい」のかというと分からない。ティラノサウルスが無残に死に絶えた中生き残っているゴキブリは気持ち悪いがよっぽど「すごい」かもしれない。生存、繁栄のための「戦略性」こそが、「すごさ」の本質ではないか。

 戦略とは何かというと、相手に対して優位に立つための方策だと思う。ビジネスでは競争優位という言葉があって、一般には競合企業に対する優位と解釈されていると思う。が、僕はあえて、競合企業ではなく顧客とサプライヤーに対する優位こそ重要と考える。より正確にいうと、競合に対する優位は顧客・サプライヤーとの関係性の一側面に過ぎない。

 ある関係における立場の優位性とは、依存という概念と深い関わりがある。相手が自分に依存し、自分は相手に依存しないとき、こちらは極めて優位な状況にある。相手もこちらも互いに依存するときは引き分け、こちらだけ依存するとき、それはすでに敗北である。喩えは悪いが、モテモテの美女は数多の男にアプローチされているから、特定の男に依存しないが、その美女に首ったけな大してモテない男はというと依存状況にある。つまり対等な関係ではない。ビジネスでも、サプライチェーン上のボトルネックを支配する企業はやはり強い。ニッチ分野だが世界シェア1位といった企業がこれに該当するのだろう。顧客もサプライヤーも、それぞれ自分に依存させられるからだ。そして自分はどちらとの関係においても依存しない。これぞ最強である。

 この考えに則ると、コストリーダーシップは、最強の戦略ではない。なぜなら代替可能な存在に甘んじているからだ。家計を気にする独身サラリーマンは夕食を500円に抑えるべく吉野家に行くが、状況によっては800円を払って中華屋に入ったって良い。安いのは価値ではあるが、相対的価値に過ぎない。一方圧倒的なケイパビリティは、代替不能性という究極の優位を与えてくれる。街に医者が一つしかなければ、どれだけその医者が嫌いでもいかざるを得ないのだ。

 石油ガスの世界ではどうなるだろう。アップストリームに限定し、産油国、石油会社、コントラクター・サービスプロバイダーの関係性を見てみる。ポイントは「ボトルネック」つまり稀少性である。まず産油国が稀少だ。だから産油国政府や国営石油会社は非常に強い。石油会社は昔ならメジャーの存在感が際立っていたが、国営石油会社の台頭により陰っている部分もある。ドリリング、井戸元開発、プラットフォームでは、それぞれ寡占が進んでおりある種のボトルネックになっている。だが、油価が低い場合は開発案件が極端に減ることで石油会社が有利になる。一方油価が上がれば開発案件が増え、自社キャパ以上に引き合いが来ることになりコントラクターが優位に立つはずだ。つまり石油会社の戦略は、高油価においてもいかにサプライヤーを安く使うかが肝要になり、コントラクターは、低油価時代にいかに収益を安定させるかが肝になる。

 ちなみにサプライチェーンボトルネックを見極めるのはポーター的発想で、その隙間に陣取るためにはバーニー的発想の経営努力が必要になる。言うまでもなく両者は車の両輪であろう。

 学生との会話からこんなことを思った。大きいばかりが取り柄の企業でなく、戦略優位を理解したニッチ企業なんていうのも、面白いではないか。