Oil Security:同盟国原油生産力指標

かねてから私はエネルギー安保指標の「自主開発比率」というKPIに若干の違和感を覚えてきた。これについては以前記事にしているが、改めて振り返ると、その違和感の理由は:

  1. 戦争のような有事での安定供給を見据えるなら、生産国の政治的友好度や産地からのシーレーン防衛の要素を考慮する必要がある。
  2. 上記の政治・軍事的要素がクリアされていれば、原油は過去40年近くに渡ってそうであったように「コモディティ」でしかなく、誰が権益を持っているかは大して問題にならない。
  3. もちろん、市場は機能していても一時的混乱で価格高騰が生じた際、自国企業が権益を持っていれば安価に調達できるのかもしれない。しかし高騰分の全てをヘッジできるはずもなく、結局は市場変動の影響を免れない。

といった具合であるが、もう少し詳しく見た後で、「同盟国原油生産力」という代替KPIを提案してみたい。

 

まず1についてだが、戦争のような究極的な状況を考慮するならば、産油国が味方であること、そこからの輸送ルートの安全を確保できることが至上命題であろう。敵国に囲まれた地域に権益を持っていても、有事においては役に立たない。中国の一帯一路のうちユーラシア大陸側の戦略はこの理念に沿っており、中央アジアおよびイラン等の中東産油国を政治的に買収することで、産地および輸送路の物理的囲い込みを実行している。

 

2について。仮に米中関係の緊張が今後も高まっていって、経済的なデカップリングが進んで「第二次冷戦」の様相を呈するとするならば、そこには「中国ブロック」と「欧米ブロック」が成立すると思われる。(そこを分かつ決定的要素は、自由や民主主義といった基本的価値観の相違である)その際、欧米ブロックの内部において政治的な制裁や禁輸、通商妨害が行われると考える必要はないだろう。むしろ、第二次世界大戦中にアメリカが同盟国イギリスの資源兵站線を保護する意図も持って、南洋進出する日本を叩いたように、自らの勢力圏の力を維持すべく同盟国には積極的に資源提供するものと想像される。すなわち同一の勢力圏の内部においては石油はコモディティであり、「誰のものか」という色付けに意味はない。全体としての生産量・生産力(=サプライチェーンの健全性)こそが重要なのである。

 

3は、それでも自国企業のEquity Oilには一定の意味があるはずだという確認である。コモディティとしての石油であっても、いやそれだからこそ、投機的要因等による価格ボラティリティから逃れられない。原油は万物の源であるから、高騰はスタグフレーションのような病を引き起こす。安価に調達できるに越したことはなく、自国企業が持つ原油は安価に調達できるのかもしれない。とはいえ、権益投資の企業とて市場競争原理にさらされているのであって、市場価格より大幅に安価で売りさばくことは機会損失を意味し、中長期的な投資余力(競争相手との比較において)を低下させるだろう。また、開発コストが高騰すれば当然売価も上乗せしてもらわないと採算も取れない。このように、権益を持てば必ず安価に買えるわけでもないのである。ちなみに短期間の高騰、それも本当に買えないくらいの高騰への対応策としては戦略備蓄の方がよほど意義深い。

 

以上を総合した上で、「同盟国原油生産力」という指標を提案したい。これは自国と政治的友好関係にあり、かつシーレーン防衛の観点から軍事的安全を確保しやすい地域の原油生産力を指し、その輸出余力が自国の需要量に対して占める割合をKPIとする考え方である。このKPIを増加させるための手段は、友好産油国の開発プロジェクトに対する資本注入などはもちろん、サプライチェーンに対する保護策(優遇税制等)も含まれる。日本のように油田を持たない国は、生産力増強に貢献する機会、例えばプロジェクト立ち上げ時のCAPEXに対する金融支援や、エンジニアリング・装置産業の支援を検討すべきである。逆に、自国のEquity Oilを増加させるだけで生産力増強そのものに貢献しない施策は排除されるべきである。

 

南シナ海およびインド洋が中国および(欧米側)アジア諸国の大動脈となっている現状では、この海域が「フロントライン」になり兼ねない。米中両陣営のエネルギー・レジリエンスが高まらない限りは戦争の可能性も十分にあると思われる。中国のそれは内陸経由のエネルギー輸送路の確立であり、米国のそれはアメリカ大陸の生産力増強である。現時点では輸送コストや精製能力の観点から絵空事に過ぎぬだろうが、私はアメリカ大陸から西回りで太平洋を渡り、アジア同盟国に原油が供給される日が来ればと思う。そしてそのアメリカ大陸の生産力は海洋開発が支えることになるだろう。